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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)2308号 判決

控訴人(原告) 安原秀夫

被控訴人(被告) 住友生命保険相互会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人が被控訴人会社東京総局に勤務する職員であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。(証拠省略)

理由

当裁判所は当事者双方の提出、援用にかかる各証拠を仔細に検討した結果、控訴人の本訴請求は理由なきものと認める。而してその理由は以下に附加する外、すべて原判決がその「理由」の部分において説示するところと同様であるから、これを引用する。(但し、「一般に内勤職員にとつて支部長の職務が好まれない合理的理由については、控訴人は何の主張もしない。」との部分を除く。)

即ち、

第一、本件転勤命令が組合の運営に対する支配介入となるとの主張に関して、

(一)、(イ) 当審証人山村太郎の証言、当審における控訴本人の供述並びに甲第二十号証、同第二十三号証の一、二、同第三十六号証によつても、被控訴人会社が国民生命職員組合(以下単に第一組合又は単に組合という。)員に対し、組合を脱退しても心配がない旨を強調していたものとは認め難い。

(ロ) 被控訴人会社の島野耕作課長がスト破りの組合脱退者と握手したとの点に関する原審並びに当審証人辻野耕二の証言は遽かに措信し難い。

(ハ) 当審証人堀日生、同山村太郎、同辻野耕二の各証言中、被控訴人会社が国民生命内勤組合(以下単に第二組合という。)にだけ本店四階会議室の使用を許し、第一組合員の乱入を防ぐため鍵を掛けて扉を閉め切つたとの旨の供述部分、

(二)、又当審証人堀日生、同辻野耕二の各証言中、被控訴人会社が第二組合結成準備会の本部を傍系会社(近畿建設)内に設置することを許したとの旨の供述部分、

(ホ) 当審証人山村太郎、同辻野耕二、同徳山緑の各証言中、被控訴人会社が第二組合に対し執務時間中も公然と組合活動をすることを許したとの旨及び

(ヘ) 被控訴人会社が職制を通じて第二組合への加入を勧誘したとの旨の供述部分はいずれも原審(第一回)並びに当審証人黒葛原精一郎、当審証人舟橋文一郎の各証言と対照して措信し難い。

(ト) 原審(第一回)並びに当審証人黒葛原精一郎の証言と対照すれば、第二組合の提出した統一条件は被控訴人会社の考えている線よりも緩いといわれているとの旨の原審並びに当審証人辻野耕二、当審証人堀日生、同山村太郎の各証言は畢竟単なる臆測に出でないものというべきであり、控訴人提出、援用その他の証拠によつて未だ以上の各事実を認めしめるに足りない。

(チ) 当審証人山村太郎、同辻野耕二の各証言、当審における控訴本人の供述中、第二組合の役員が組合統一後一年位で組合役員から脱退し、一般組合員の支持を受けていなかつたかの如き部分は当審における控訴本人の供述により真正に成立したものと認められる甲第二十四号証の記載と対照して遽かに措信し難く、右甲号証によつても、右事実を認めるに足りないし、他に特段の証拠がない。

(リ) 原審(第一回)証人黒葛原精一郎の証言によれば、被控訴人会社の人事課塩崎副長が臨時給与の一部仮払について、「先般来のストにより賞与の支給が遅れていますが、第二組合の要求を考慮し、一部仮払をする。」旨のマイク放送をしたことが認められるけれども、成立に争のない乙第十五号証の二並びに右証言によれば、第一組合からスト中の賃金支払の要求があつたが、被控訴人会社はスト中の賃金は支払わず、八割の臨時給与を支払う旨の回答をしたこと、第一組合からは臨時給与の一部仮払の要求がなかつたが、全職員が早く支持されることを希望すると考え、被控訴人会社は右回答を第一、第二組合に一緒に回答したものであることが認められるから、(成立に争のない同号証の一によつても右認定を覆し難い。)これによつて被控訴人会社の最高首脳部の考えが、第一組合を貶し、第二組合に功を帰せしめるものであつたとは言い難く、もとよりこれによつて第一組合を差別待遇しているものとは認められない。

(ヌ) 本件争議前すでに一部組合員から脱退届が出されていたり、

(ル) 又被控訴人会社の総務部長及び人事課長宛に第二組合加入の電報が打たれた事実があり、

(ヲ) 或いは又被控訴人会社の人事課副長塩崎が第二組合に積極的に参加した事実があり、

(ワ) 又右人事課において組合分裂後第二組合員の名前を知悉していたり、

(カ) 第二組合員が加入勧誘につき課長の許可を得ている旨を述べたとしても、

これをもつて直ちに被控訴人会社において第一組合の分裂を企図していたものとは認められない。

その他当審証人山村太郎、同辻野耕二、同徳山緑の各証言中及び甲第十三号証の一、第三十七号証の一の各記載中、被控訴人会社が組合の分裂を企図しているかの如き部分は原審(第一回)並に当審証人黒葛原精一郎、原審並びに当審証人小松正鎚、当審証人千葉正一の各証言と対照して措信し難く、他に前掲事実を認むべき確証がない。結局被控訴人会社が第一組合を弱体化し第二組合と意を通じて第一組合の分裂を企図し、第二組合を御用組合的性格に育成して被控訴人会社の好む方向に組合を運営しようとする意図を有していたもの或いは又かかる意図を有すると推測せしめるに足る事実があるものと認むべき証拠はない。

(二)、仮に控訴人において組合に対し相当の影響力を持つていたものとしても、原審並びに当審証人黒葛原精一郎(原審第一、二回とも)、同小松正鎚の各証言によれば、控訴人の被控訴人会社に対する態度は他の執行委員に比し特に顕著であるということはなく、従つて被控訴人会社が控訴人に対し特に敬意を懐くようなことがなかつたことが認められ、又原判決の説示するように今次の異動は被控訴人会社の正当な業務上の必要からなされたものであるから、本件転勤命令をもつて控訴人主張の如く不当労働行為であるということはできない。

(三)、本質的に見て被控訴人会社における地方在勤職員が組合活動をなし得ないものとは考えられない。当審証人堀日生の証言によつても、地方在勤の支部長も積極的に組合活動をなし得ることが窺えるから、控訴人が本件転勤命令によつて組合活動ができなくなるものとなすべき根拠がない。

以上説示のとおりであるから、本件転勤命令をもつて被控訴人会社の組合に対する支配介入行為として労働組合法第七条第三号に該当するものとは到底考えられない。

第二、本件転勤命令が控訴人の正当な組合活動の故の不利益な取扱であるとの主張に関して、

(一)、本件転勤命令が被控訴人会社の正当な業務上の必要からなされたものであつて、被控訴人会社が控訴人に対し敵意を有していなかつたことは原判決の説示するとおりである。原審並びに当番証人辻野耕二、当番証人堀日生、同山村太郎、同松島智夫、原審並びに当審における控訴本人の各供述中並びに甲第三十七号証の一の記載中この点に関する部分は原判決の引用する各証拠並びに当番証人黒葛原精一郎、同小松正鎚の各証言と対照して措信し難く他に特段の証拠はない。

(二)、(イ) 本件転勤命令により、控訴人の内勤職員たることに変りのないことは弁論の全趣旨により明らかであるからこれにより控訴人の身分上差別待遇となるものとはいえない。

(ロ) 原判決の説示するように、被控訴人会社の内勤支部長は自ら募集する義務がないものであり、当審証人黒葛原精一郎、同西村善盛の各証言によつても被控訴人会社においてはいわゆる募集型ではなく経営型の内勤支部長を要求していることが認められる。原審証人福田松三郎、当審証人辻野耕二の各証言は措信し難く、他に特段の反証がない。

(ハ) 当審証人辻野耕二、同西村善盛の各証言中、支部運営については請負的性格をもつているとの部分は遽かに措信し難く、他に特段の証拠はない。

(ニ) 記録上一般に内勤支部職員となることを嫌う傾向があることを認むべき確証はない。

(ホ) 被控訴人会社の徳島支部が新設支部で外務職員がわずかに二、三名であり、控訴人が外野の仕事に全く経験がなく、相当の苦労が予想されるとしても、控訴人が徳島支部長として勤務することが控訴人の将来のため一度は経べき道であることは原判決の説示するとおりであり、決して不利益な待遇であるとは考えられない。

(ヘ) 記録上内勤支部長が例外的人事であるとの確証はない。

(ト) 控訴人が内勤職員たることを失わず、且つ、募集義務がないこと既に説示したところにより明らかであるから、本件転勤命令により職種の変更があるものとは考えられない。

(チ) 被控訴人会社内勤支部長となることが内勤職員にとつて一般に不利益であるとなすべき合理的理由もなく、又かかる証拠も記録上存在しない。

(リ) 支部長となることにより組合活動ができなくなる理由のないことは既に説示したとおりである。

従つて本件転勤命令は控訴人に対する不利益な差別待遇とは到底考えられないし、支部長となることが内勤職員にとつて好まれない合理的理由あるものとはいえない。

(三)、既に説示したように、本件転勤命令が被控訴人会社の正当な業務上の必要からなされたものであり、これにより控訴人に対し不利益な待遇をなすものではないから、本件転勤命令をもつて定期異動に名を藉り、控訴人の正当な組合活動に対する報復的意図をもつて不利益な差別待遇をなすものとはいえない。

従つて本件転勤命令が被控訴人会社の控訴人に対する不当労働行為であるとはいえない。

第三、当審における控訴本人の供述によれば、控訴人は昭和三十年春選ばれて被控訴人会社の組合執行委員となり、昭和三十一年五月組合大会において副委員長となつたことが認められる。

然しながら、控訴人が昭和二十六年八月二十三日附で本件転勤命令を受けながらこれを不服として、昭和二十七年十一月七日原審東京地方裁判所に対し、本訴を提起し被控訴人会社においても右転勤命令を適法且つ正当なものとしてこれに応訴した結果、昭和二十八年十一月二十七日控訴人敗訴の原判決言渡があり、控訴人はこれを不服として更に当裁判所に控訴したものであつて、抗争すること既に四箇年、その間控訴人側の証人として多数の組合幹部、関係者の出廷を見たことは記録上明白である。従つて他に特段の事実の認められない本件においては、控訴人は勿論、組合においてもかかる事情を知悉しながら、控訴人を組合役員としたものであつて、控訴人が敗訴した場合には、或は任地徳島へ赴任すべき関係にあることをも予め考慮に入れた上での選出、就任と考えざるを得ない。かかる観点から考えれば、控訴人の組合役員たる現在の地位は本訴に勝訴したときはじめて確固たるものとなるに過ぎない浮動的のものということができる。

而も被控訴人会社が訴訟上本件転勤命令の適法且つ正当なことを主張してこれを支持することは固より被控訴人会社の訴訟上の権利である。

されば仮に控訴人が敗訴することにより組合役員の地位を失うとし、或いはその結果組合において代りの役員を選出せざるを得ない事態が発生したとしても、(控訴人の退任によつて具体的に組合の運営が阻害されることについては記録上詳かではない。)それはすべて組合関係者の予想し得べき事柄に属するから、被控訴人会社の本訴における態度をもつて、それ自体組合運営を左右する支配介入であるとはなし得ない。又控訴人の組合役員たる地位が前記の如きものである以上、仮令組合活動を指導することが控訴人にとつて喜ばしいことではあるかも知れないが、これをもつて法律上の利益であるとはいい難い。もとより本件転勤命令が被控訴人会社の正当な業務上の必要からなされたものであつて、控訴人が組合役員たるが故のものでないことは既に説示したとおりであるから、現に控訴人が組合役員たる地位に就いたにしても、本訴を維持することをもつて被控訴人会社が控訴人の正当な行為の故に不利益な取扱をすることにはならない。

以上説示のとおり、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴は理由なきものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本秦)

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